Top釣行記川釣り

川釣りスタート

広島で生まれ育った。海は瀬戸内海、川は太田川。最近は川で釣りをすることはまずなくなった。

川の釣りは中学生になってからである。

体力もつき行動半径が広くなってから朝母親特製の山賊結び(梅干をつぶして、しその葉とご飯と混ぜ合わせ 大きなおにぎりにし、それを焼き海苔でくるんだもの)を2つと水筒をもって結構奥地まで入り込んでいった。

竹ざおの継ぎ竿(多分3mくらい)を背負って自転車で3、4時間走っていた。

川原に下りて、ハエ、オイカワ、ウグイを釣るのである。

餌はクリ虫、川虫。大体現地調達をしていたように思う。たまにはうじ虫を使っていたような、、、(^^;

この川釣りから浮き釣りをはじめたようである。

玉浮がぴょこぴょこと弾むように動くのがたまらなく嬉しかった。

川も上流に入ると、鮎釣り、山女釣りの人達に合うようになる。

太田川の本流では鮎釣りが盛んであったが、支流に入ると今のように奥地まで入らなくてもアマゴは釣れていた。

であるから持っていた竹の竿で浮を目印に変えてアマゴ釣りを覚えたのもこの頃である。

川魚に関しては、母親が調理をしてくれた。

母親は元々この川の上流の方の出で、料理法はもっぱら天ぷらであった。

私は見よう見真似で竹串に刺して風呂の釜戸の横で塩焼きにしてみたりしていた。


高校では、生物部に所属しており、淡水魚研究会と銘を打ち、長期の休みには先輩後輩と広島県 の淡水魚の分布調べとしてあちこちに出かけたものである。

県北でも西側では県の指定記念物になっている魚が東側では指定から外れているなど面白い発見もあった。

ダムに注ぐ小川を見つけ、源泉を辿っておくまで入ると水深が10cm、幅が1mのようなせせらぎにも30cm級の魚 が隠れていることもあったりした。

本流でも護岸が今のように整備されておらず草むらから直接水に入るというような場所がたくさんあった。

水中眼鏡をかけて水の中から草むらを除くと今では絶滅の危機にあるという4つ目、ギギュウなど多くの川魚がいたも のである。

   

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